神奈川県横浜市にある野島。
羽田空港からおよそ1時間で行けるこの小さな島に、UFOのような形をした展望台があるのを知っていますか?

それが「野島山展望台」です。
山頂の上に建てられた展望台は、360度の景色を見渡せ、八景島周辺を見渡すことができます。
こんな綺麗な場所、実は歴史深い場所だったのです。

歌川広重の浮世絵にも描かれたこの場所は、
江戸の名勝、戦争の記憶、そして現代の不思議な建築が重なり合う面白い場所です。

オシャレとレトロが入り交じる漁師町を歩き、
小さな山を自分の足で登ってきました。

今回は、この「野島山展望台」について、
行き方から景色、そこに隠された歴史までご紹介します。

野島への行き方:橋を渡ると時間が変わる

洗練された高層ビルと港町のイメージが強い横浜。
そこから南へ下ると、まったく違う時間が流れる場所があります。
それが「野島(のじま)」です。

羽田空港からおよそ1時間。
八景島シーパラダイスのすぐ南に位置し、
古くから海水浴や潮干狩りで親しまれてきた海岸があります。

金沢八景駅で金沢シーサイドラインに乗り換え、野島公園駅で下車。
駅から公園までは徒歩5分ほどです。

駅を降りて橋を渡った瞬間、空気が変わりました。
喧騒はスッと収まり、潮風とともにどこか懐かしい夏の匂いが漂います。

川を渡るというより、海を隔てた「島」へ渡るような感覚。
慌ただしい日常が遠のき、時間の流れがゆったりと変わっていきます。

目指すのは、目の前にそびえる小高い山の頂です。

歌川広重 金沢八景 野島夕照
歌川広重『金沢八景 野島夕照』(国立国会図書館所蔵)

野島の歴史:浮世絵に描かれた名勝

なぜ、海岸沿いに小高い山と公園があるのでしょうか。
その理由を知るには、時計の針を江戸時代まで戻す必要があります。

今でこそ埋め立てが進み、周囲の工業地帯や住宅地と馴染んでいますが、
かつての野島は、細い砂州で陸とつながった海辺の島でした。

歌川広重が描いた浮世絵「金沢八景」。
その一枚『野島夕照(のじまのせきしょう)』の舞台こそ、この野島です。

古くから文人墨客を魅了してきた、江戸近郊屈指の名勝地。
山のふもとには初代内閣総理大臣・伊藤博文の別邸も残されています。

橋を渡った時に感じた「島へ渡る感覚」は、
この土地が持つ記憶が呼び覚ましたものなのかもしれません。

山頂への道:海のすぐ隣を登るハイキング

展望台のある野島公園は、駐車場の脇に登り口があります。

野島山の標高は57メートル。
高い山ではありませんが、斜度はしっかりとあり、
ちょっとしたハイキング気分を味わえます。

道は舗装されていますが、山の起伏をそのまま活かした遊歩道です。
登り口のすぐ隣には海が広がっており、
「海岸沿いにある山」という珍しい地形を体で感じながら歩けます。

木漏れ日の中を進み、傾斜が緩やかになる頃には、
うっすらと汗をかいていました。
それでも、頂上間近の広場から見える青い海が、疲れを心地よいものに変えてくれます。

車やロープウェイで頂上まで行ける場所が増えた今、
自分の足で汗をかきながら景色を目指す時間は、かえって贅沢に感じられますね。

野島山展望台の全景
野島山展望台の螺旋階段を見上げる

UFOのような展望台:謎に包まれたデザイン

頂上に着くと、きれいに整備された芝生の丘の上に、
突如として奇妙な建造物が姿を現します。
それが野島山展望台です。

日本の公園にある展望台といえば、
四角くて無骨なコンクリート造りのものが多いのですが、
この展望台はまったく違います。

円形の展望スペースを、複数の細い柱が斜め下から支える逆円錐型。
上部には鉄骨の網が、パラボラアンテナのように空へ向かって広がっています。

見方を変えれば、UFOが地上に光を放ち、
キャトルミューティレーションをしているかのような姿。
螺旋階段を上がっていく人の姿は、まるでUFOに引き込まれていくようです。

どうしてこんなデザインなのでしょうか。
現地には、設計者やコンセプトを説明するものが見当たりませんでした。

何故なら横浜市の公園だからです。
公園の建物に設計者やコンセプトが説明されないことは珍しくないようです。
そのため、なぜこの形になったのかは謎のままです。

無難なデザインになりがちな公共施設に、
これほど遊び心のある建築があることに驚かされました。

螺旋階段を下から見上げると、『少女革命ウテナ』に登場する螺旋階段のよう。
SFやファンタジーのコスプレ撮影にも似合いそうな、写真映えする建物です。

360度のパノラマ:海と街を見渡す癒やしの空間

螺旋階段を登りきると、360度の大パノラマが広がっています。

この展望台の優れた点は、中央に螺旋階段があることです。
外周をぐるりと一周でき、海側から街側まで途切れることなく景色を楽しめます。

八景島シーパラダイスの華やかな景色。
足元に広がるレトロな漁港の街並み。
晴れた日には、丹沢や富士山、海の向こうの房総半島まで望めます。

階段の入り口以外はベンチが円形に並んでおり、
腰を下ろして潮風を感じながら、ゆっくりと疲れを癒やせます。

徒歩でしか登れないという少しのハードルがあるためか、
人は比較的少なく、静かな時間を過ごせるのも魅力です。

高角砲陣地の再現イメージ(3DCG)
高角砲陣地の再現イメージ(3DCG)

隠された戦争の記憶:山頂にあった高角砲陣地

景色に心を奪われていると見落としてしまいますが、
この山には重い歴史が眠っています。

第二次世界大戦の末期、日本本土への空襲が現実のものになると、
この美しい野島山は軍事施設へと姿を変えました。
この山頂付近に置かれていたのが高角砲の陣地です。

調べてみると、設置されていたのは日本海軍の戦艦にも設置されていた高角砲でした。九八式十糎高角砲2門、九六式二十五粍機銃2門、九三式十三粍連装高射機銃1門と大型の高角砲があることから重要な陣地だったことが伺えます。

展望台からは東京湾を広く見渡すことができます。
ここなら湾に入ってくる軍艦を狙えそうだと思うかもしれません。

しかし、高角砲はその名のとおり、空に向けて撃つための大砲です。
狙っていたのは船ではなく航空機でした。

では東京を空襲するB-29に備えるためだったのでしょうか。
実は、この場所に高角砲が置かれたのにはもっと別の理由がありました。

高角砲が置かれた理由:守っていたのは海軍の飛行場

展望台から南西を見ると、その答えが分かります。

現在そこには、日産の巨大な自動車工場があります。
この一帯はかつて、日本海軍で最初の航空隊である
「横須賀海軍航空隊」の追浜(おっぱま)飛行場でした。

野島山には横須賀海軍警備隊が配備され、
この高台から基地と滑走路を防衛していました。
高角砲は、海軍の航空隊を守るために置かれていたのです。

山のふもとには、もう一つの戦争遺構が残っています。
山を東西に貫く長さ約260メートルの「野島掩体壕(えんたいごう)」です。

1945年、航空機を空襲から守るために掘られたものの、
一度も使われないまま終戦を迎えました。
現在は中に入ることはできず、入口だけを見ることができます。

掩体壕については、別の記事で詳しく紹介していますので
よかったら読んでください。

家族連れやカップルが笑い合うこの場所が、実は戦争の最前線だったという事実。
歴史を知るだけで、目の前の景色がまた違ったものに見えてきます。

戦争の記憶が薄れていく今、私たちがその跡地の上で笑い合えることは、
ある意味で平和そのものを表しているのかもしれません。

それでも、薄れていく記憶をどこかで繋ぎ止めておきたい。
その場で感じ取ったものを大切にして、次へ繋げていきたいと感じました。

1945年頃の野島と追浜飛行場の航空写真
1946年頃の野島と追浜飛行場(出典:国土地理院)
現在の野島と追浜の航空写真
現在の野島と追浜(出典:国土地理院)
野島掩体壕の入口

おわりに

野島山展望台は、ただ景色が良いだけの場所ではありませんでした。

江戸時代の浮世絵に描かれた風光明媚な自然。
昭和の戦争の記憶。
そして、ユーモアあふれる謎のUFO型建築。

これだけの歴史と楽しみを、小さな山の上で一度に感じることができます。

少しだけ視点を変えて、その土地が歩んできた歴史を知ると、
いつもの景色がまったく違う物語を語り始めてくれます。

ぜひ、天気の良い日に訪れてみてください。